水産生物呼び名学001 呼び名採取の世界

呼び名採取、最初の1種は貞光川のジンゾクである


もうかれこれ半世紀にわたって水産生物の名前を採取している。徳島県美馬郡貞光町(現つるぎ町)生まれなので、貞光川での呼び名集めから始めた。
最初の1種は「ジンゾク」(地方名もカタカナ「」つき表記とする)である。中学生の頃、「ジンゾク」=ヨシノボリとノートに書いた。
次に「カワドジョウ」を調べた。「カワドジョウ」=シマドジョウとなる。「イダ」=ウグイ、「ジャコ」=オイカワで、「エッシュウ」=カマツカだ。
1960年代から1970年代の採取時に必要だったのは、同定能力と聞取能力であるが、ボクにはそれが欠けていた。
この情報は、後々の魚類学上の進歩で、変わってくる。「ジンゾク」=ヨシノボリは、ヨシノボリではなくカワヨシノボリになる。「カワドジョウ」=シマドジョウのシマドジョウはニシシマドジョウになる。
誤解もある。貞光川で「ノミンジャコ(農民雑魚)」と呼ばれてる魚がいる。最初稚魚だとは思わなかった、小学生低学年のときはメダカ(現ミナミメダカ)だと思っていた。そう教えてくれた大人もいる。小が高校学年のとき初めてメダカを見た。吉野川右岸、ボクの住む貞光町にはメダカがいなかったのだ。中学生の時、メダカではなくウグイとオイカワの稚魚共通の呼び名だろうと気がついた。
採取する人間は確かな同定(種の検索)能力を身につけ、動植物学的な進歩に添うように最新化していく必要があるのだ。
例えば採取者は専門知識と歴史や民俗学など分野を越えて身につけておくべきだし、また世間を知らないといけない。

正しいとか正しくない、とかではなく呼び名はすべて集めないとダメだ


なぜ、三重県尾鷲市で、「ショウワダイ(昭和鯛)」=オオメハタ属のオオメハタ・ワキヤハタ・ナガオオメハタなのかがわからないとダメだ。いずれも深場にいる魚でたぶん尾鷲市では昭和になってたくさん揚がるようになったためだろう。オオメハタ・ワキヤハタ・ナガオオメハタが同じ名前なのは同じような味で、同じ価値で取引されているからだ。本当の「ショウワダイ」はどれだろう、と考えることがいちばんいけないことなのだ。3種とも同じ名前なのにはわけがあると、瞬時にわからないとだめだ。
調べに行けていないので、まだ手つかずだが、愛媛県宇和島市では港港で、盆地が多いので集落ごとに、一山越えると、魚の呼び名が違うという。この無数の呼び名を全部調べる必要がある。
また宇井縫蔵(和歌山県田辺市に明治時代に生まれた民俗学者)はウメイロの名前に関して、和歌山県串本では「ウメイロ」といい、「ウメノ」とも呼ぶとしている。両方とも採取している。呼び名に正式とか本当の、とかがないことをよく知っていたのである。例えば串本という小さな地域でも2つあるなら2つとも採取なければダメだ、ということを知っていたことがわかる。

呼び名を集めている人は2人、もしくは3人しかいない


呼び名はネット社会(情報化時代)以前は自然と変化し、増えたり減ったりしていた。そして使用されていたのである。その意味で採取は今よりも容易である。
問題は情報社会になっての採取である。これに悪戦苦闘している人間が何人いるのか? 今現在も呼び名・地方名を採取している人間はいるのか?
職業的に採取している人間はそこそこいる可能性がある。例えば地方公共団体の水産課の職員などがこれにあたる。目的は水揚げされる水産生物を把握するためだ。
でも純粋に生物民俗学(こんな言葉あるかな?)として集めている人間は、数人いるかどうか?
聞いた水産生物を標準和名に当てはめながら、同定しながらやる必要がある。
膨大な知識と努力が必要な呼び名集めの世界は、そのうちだれもやらなくなると思う。

呼び名集めに協力してくれる人を探すのも難しい。採取される側も現在の情報に汚染されていたりする。それだけに採取する側は訓練しないといけない。
最大の問題点は、採取する相手に水産生物の呼び名を集めている理由がわからないことだ。
聞くと嫌がる人も多いし、反対に喜んで教えてくれる人もいる。
怒鳴られ追い払われることもある。

呼び名の研究を始めたのは澁澤敬三(渋沢栄一の孫で、非常に優秀な財界人であり、無私の人でもあった)で、研究は大正時代には始めていたのだと思っている。多くの協力者を得て、日本魚名集覧を作ったが、その後に続く人は少ない。


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